歌を失った

 脳梗塞で不自由になった身体。かなりのパーセンテージで精神にも影響を与えている。今日は精神を取り戻そうと、青春時代から「昨日」まで愛唱した歌の数々を,家に誰も在宅しないことをいいことに、声を大きく出して歌った。
 だが、歳のせいばかりではないだろう、音取りができないのだ。おる音階になるととたんに変調になる。そして割れる。「構音障害」! 会話は何とか、スピード感覚が取り戻せたし、舌の運びも人様に不快感を与えるほどではないところまで復調したと思っていた。しかし、声帯を自在に使いこなし、音調を確保し、「メロディー」として口から流れ出る歌は、部分不能なのだ。なぜなら、声帯という肉体の一部が麻痺しているからだ。
 この事実をどう受け止めようか。人様に聞こえないならば、変調でもいいじゃないか。自分の脳内で正調であれば。しかし・・・・。
 楽器ならば変調は楽器のせいにできる!ヴァイオリンをとりだし、構えてみた。だが、左手も強い麻痺が残っているから使えない。縦笛?運指がうまくいきませんね。
 うーん。かなりショック。古賀政男の「影を慕いて」をギター演奏をバックにして歌いたかった。学生と行ったカラオケで真っ先に歌ったフォー・セインツの「小さな日記」を自分がつま弾くギター演奏で歌いたかった。よくアンコールを貰い独唱したロシア民謡「鶴」を朗々と歌いたかった。・・もう戻りませんか?声帯さん。
 ぐずぐずするなよ。事実は受け止めようってこれまで生きてきたんじゃないか。埼玉大学で「お前は何もしなくていい」と宣告された時だって思いとどまったじゃないか。パリで吐下血した時も「生き抜こう」と必死にがんばったじゃないか。
 うん。    でも、今日は、ヴィルデ、お休み。

 「影を慕いて」
1 まぼろしの 影を慕いて雨に日に
  月にやるせぬ 我が思い
  つつめば燃ゆる 胸の火に
  身は焦れつつ 忍び泣く
2 わびしさよ せめて傷心のなぐさめに
  ギターを取りて 爪弾けば
  どこまで時雨 ゆく秋ぞ
  振音(トレモロ)寂し 身は悲し
3 君故に 永き人生を霜枯れて
  永遠に春見ぬ 我が運命
  ながろうべきか 空蝉の
  儚き影よ 我が恋よ